『源氏物語』を本説とする謡曲の詞章は、『源氏物語』の本文に直接依拠するよりも、中世源氏梗概書である『源氏小鏡』『源氏大鏡』などに依拠した箇所が多いとされてきた。しかしながら、その実態は、個々の謡曲について必ずしも明らかにされているわけではなく、むしろ謡曲「野宮」などについては、『源氏物語』の青表紙系の本文の直接的影響がいわれる。そこで本文比較のため、天理図書館、神宮文庫、桑名市立図書館蔵の秋山文庫等を調査旅行し、『源氏大鏡』『源氏小鏡』をはじめとする資料を収集した。研究成果報告書のII章では、謡曲「半蔀」を中心に、中世源氏梗概書と『源氏物語』の青表紙系・別本の本文、連歌寄合を厳密に比較することで、謡曲の成立事情やその文学史的特質を解明した。また報告書の「IV 資料編」に調査の成果を盛り込んだ。 こうした中世の源氏享受の実態を明らかにすることが、翻って『源氏物語』の本性を詳らかにしていくことにつながる。これらの基礎作業をふまえて、週に一回程度、院生達と、源氏能と本説との比較検討や、能の内容についての共同討議を行い、『源氏物語』や源氏能のドラマトゥルギーの差異へと考察を進めた。報告書のIII章の源氏能の作品分析は、その成果である。また能の研究者である松岡心平氏と「源氏能の身体と感覚」というテーマで共同討議を行い、その結果を雑誌『源氏研究2』にまとめた。さらに、論文「源氏能とは何か-謡曲「半蔀」のドラマトゥルギー-」(吉井美弥子編『みやび異説-源氏物語という文化』所収)で、世阿弥と源氏能の関係、源氏能の本質、謡曲「半蔀」のドラマトゥルギー等について考察した。
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