本年度は、昨年度に引き続き、室町期以前の古兵法書および和訳を伴う『七書』注釈書を中心として調査・資料収集を行なった。直接調査の対象としたのは、お茶の水図書館・宮内庁書陵部・早稲田大学図書館・斯道文庫・群馬大学付属図書館・京都大学付属図書館・天理図書館・神宮文庫・大阪府立中之島図書館等であり、他に東北大学(狩野文庫)・国文学研究資料館等に文献複写の依頼を行なった。重点的に調査を行ったのは『義貞軍記』であり、写本・版本を含め、入手できる限りの資料蒐集を徹底し、同書を七系統に分類・整理した。その結果、太平記評判書のひとつである『無極鈔』収載の同書が、独自の増補記事を含むものの、寛永整版本に拠ったものであることが判明し、これまで不明であった『無極鈔』の成立上限を確定することができた。『無極鈔』は『七書』原文および和訳した資料を、時に『七書』の名を伏せて様々な形で利用し、自らの本文形成を行っているのであるが、その実態の分析及び史的意義付けを行う上でも、成立時期の確定は大きな意味をもつ。すなわち、『無極鈔』の成立時期(寛永初年から慶安三年)は、林羅山の『七書』注解(孫子諺解:寛永三年、六韜諺解:慶安二年、等)とほぼ同時期ということになり、さらに、羅山の『和漢軍談』およびその派生書とみなされる『七書和漢評判』『七書評判』等とは叙述スタイルの上でも近接するものがある。従って、室町期兵書の『七書』受容(六韜・三略が中心)と『無極鈔』(これに先行する太平記評判書『理尽鈔』のあり方も含め)や羅山著作との比較検討が、今後一層重要な課題となる。現在、「五音」「雲気」の輪を中心に、数点の室町気兵書に『六韜』摂取の形跡を見いだしており、さらに調査を進めるとともにこの点を手がかりにして、室町期から近世にかけての兵書の史的変遷を解明したい。『無極鈔』はその結節点のひとつと目される。
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