太平記評判書(『理尽鈔』『無極鈔』など)および関連する兵書の伝本を広く調査し、相互の関係を分析した。主な成果は以下のとおりである。(1)従来、「太平記流」と一括されていた図書のうち、『恩地右近太郎聞書』『桜井書』『楠正成一巻書』は『理尽鈔』系統、『楠判官兵庫記』は『無極鈔』系統と区分されること。(2)従来、『理尽鈔』との関係が不明確であった『恩地右近太郎聞書』は、『理尽鈔』と一体のものであったこと。(3)『桜井書』『楠正成一巻書』は、『理尽鈔』研究の中から生み出されたテキストであること。楠正成の遺言の書物というスタイルは出版に際して付加された可能性を高く、当初はそうしたスタイルをとってないかったこと。(4)従来、『無極鈔』が、それ以前に成立していた『楠判官兵庫記』を利用したと考えられていたが、『楠判官兵庫記』は『無極鈔』編著者が創作したテキストであること。(5)『無極鈔』が利用した『義貞軍記』の調査から、これまで未解明であった『無極鈔』の成立時期の上限を、寛永初年(1624)とすることができること。(6)従来、未整理であった林羅山関係の著作『倭漢軍談』『七書和漢評判』『七書抄』等を整理し、相互の関係を解明するとともに、『七書抄』は林羅山の著作ではないことを示した。(7)『無極鈔』と林羅山の著作と比べると、両者はともに、江戸時代初期の、『孫子』を中心とする「七書」への関心の高まりの中で生み出された著作であるという共通性をもつが、『無極鈔』の学問基盤は羅山とは異なり、オーソドックスなものとはいいがたい面があること。(8)従来、あまり指摘の無かった、室町時代における『孫子』受容の具体例を、甲斐武田氏関係図書の中に指摘した。
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