後漢から南北朝期の口語資料を多くふくむ漢訳仏典とその他の口語資料を用い、1.疑問文 2.得 3.与 4.着 5.被 6.代名詞 7.2音節語と2字連語 8.縦使、仮使 9.重複形式 10.量詞 11.接尾詞、の枠組みに従い、言語体系の一部を明らかにした。 今年度はとくに漢訳仏典をはじめとする魏晉南北朝期に多用される「どこ、なに」の意味で用いられている「何所、所」に着目してその変遷の様子をさぐった。先秦において「なに」をあらわす代表的な疑問代名詞は「何」であった。漢代から六朝にかけては近代語にも連なる2音節化の傾向のなかで疑問詞「何等」が現れる。また六朝の文献には疑問詞「底」が用いられている。のちには「底」が連用されて「底是」となる場合がある。また「何」が「物」と連用されて「何物」となる例もある。「等、底」系には形態素{T}を「物」系には形態素{M}を設定する。また、疑問詞として用いられる「是、所」には形態素{S}を設定する。{T}は時代を追うに従って{S}に変化して行ったものと考えられる。唐代の文献を見ると「是」は「所」と同音で標記している場合がある。「所」は終始{S}系である。「所」が魏晉南北朝期に幅広く用いられたのは、この期にすでに後代につながる{S}系疑問詞が発生していたことの反映ではないかと考えられる。今回は「所」は漢魏六朝に用いられていた疑問詞「等、底」が現代後「什公」の前身である「是物」などへ連なってゆくその橋渡しをした語である、という仮説を提示した。
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