本研究では、中国語の前置詞選択やアスペクト表現や事態認知のパースペクティブに関わる現象に関して、認知言語学的な観点から考察を行い、以下のような幾つかの知見を得た。 日中同形語の「興奮・憔悴(する)」が中国語では状態を表す形容詞であり、日本語では変化を表す形容詞であるのは、日本人の事態認知のパースペクティブが空間的にも時間的にも中国人より広いことによる。また事態認知のタイプとして、日本語は「現場立脚当事者指向」であり、〈現在〉を基点とした相対的な時間系列に沿った表現を好み、中国語は「傍観報告者指向」であり、〈現在〉を基点としない絶対的な時間系列に沿った表現を好むこと。中国語の受け身文では一般に「被」フレーズ(日本語の「に」格名詞に相当)に立ち得ないが、対象にもたらされた結果的影響に対して道具の〈有責性〉が高いと認知された場合は道具格もAgentと同様に「被」フレーズに立ち得る。 また中川(1997)では日本語が新しい概念の流入に伴って主に漢語を材料に新語を創出する方略を追求することにより、日本人は「世間」に代表される自己投入が容易な領域と「世界」に代表される自己投入が容易ならざる領域を持つことを指摘し、「世間」型の語、例えば「先祖、礼儀、習慣」は世界型の語「祖先、儀礼、慣習」の語順を反転させることにより創出される傾向があることなどの知見を得た。
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