本研究は、地理学とともにルネサンス期において大変動を遂げた天文学とのダイナミックな影響関係の観点から、天体空間に対する英国ルネサンス文学の詩的想像力のパターンおよびそのイデオロギーを解明することである。本研究はまず英国ルネサンス文学の天体構造に関する認識の変化を明らかにしたうえで、英国の天文学と文学がコペルニクスの新たな仮説と対峙するなか、どのように伝統的な宇宙の秩序モデルを維持しようと試みたか、その共通するシステムの解明をおこなった。 平成七年度は主としてコペルニクス、サクロボスコ、テュコ・ブラ-エ、ジョン・ディー、ロバート・レコードなどのルネサンス期天文学文献を特に歳差および惑星運動の不規則性に関する記述に着目して分析した。その結果得られた成果は、いずれの説明に関しても最終的な実証がなされ得ず、多かれ少なかれ空想的な要素を含んでしまっていることである。平成八年度はこの空想的な部分を重点的に考察し、その想像力のパターンを分析した。その結果、天動説支持者であれ、地動説支持者であれ、最終的に提示する天体モデルは、人間界の秩序のモデルとなるべく政治的イデオロギーを少なからず投影していいることを突きとめた。その典型的な現象がシェイクスピアやマ-ロウなど英国ルネサンス期演劇における政治的なプトレマイオス主義的天体描写である。 平成八年度は以上の成果をまとめ、埼玉大学教養学部の紀要に成果報告論文を掲載した。今後は本研究の関心をより発展させ、天体描写に投影されるイデオロギーを魔術思想などルネサンス期特有の精神的態度と関連させつつ、より広範な領域で確認していきたい。
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