研究概要 |
平成7年度では、ヨーロッパを歴史的に分断、分裂させてきた勢力の批判家として、ヒレア・ベロック(Hilaire Belloc, 1870-1953)の思想、特に彼の歴史観を明らかにした。 彼の思想形成の出発点には、産業革命によって工業化されたイギリス社会に見られる悪に対決していこうとする姿勢があった。進歩という名のもとに、社会が非人間化され、さらには世俗化していく流れに反対する反近代主義が見られる。こうした抵抗は数々の小説、旅行記において文学的表現が与えられ、特に人間性を失わせる資本主義に対する危機感はThe Servile Stateなどの社会評論に明らかにされている。 ベロックの歴史観の根底には、イギリスのカトリックの文人たちに共通してみられる宗教改革観がある。すなわち宗教改革は、ヨーロッパ大陸を一つにしていたカトリックの共同体からイギリスを切り離し、ヨーロッパの正統精神から分断させた悲しむべき運動と理解される。葬り去られた宗教改革以前のイギリスは、「メリ-イングランド」として神話的価値を付与されて理想化され、郷愁、ノスタルジアをもって回想されることになる。ベロックにはチューダー王朝のもとで起こった中央集権的国民国家建設運動の前に崩壊していった、このカトリシズムに基づくヨーロッパの統一体の中にイギリスを引き戻そうとする意図があった。 ベロックは他の20世紀のカトリック復興を担った人々と違って、改宗者ではない。フランス人を母に持ち、フランスで育った人間として、大陸のカトリシズムを幼児期から呼吸していた。ベロックはカトリックの信仰を西洋文化を形成し、また活性化し続ける生きた原理として理解していたのである。
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