平成8年度は主にクリストファー・ド-ソン(1889〜1970)の思想を研究した。彼は20世紀のヨーロッパ文明・文化の危機を直感し、キリスト教による解決を主張した人物の中で唯一の歴史家・文化史家であった。 ド-ソンの生年を見ればわかるように、彼は第一次世界大戦がもたらした惨状を青年の多感な目で目撃し、さらに戦後の混乱した政治・経済状況が彼に信仰者としての反省を促したのである。つまり共産主義とファシズムの攻撃に挟み撃ちにされながら、そうした同時代のイデオロギーだけに精神を縛られるのではなく、時を遡る歴史的な感覚を働かせ、ヨーロッパを形成した根本であるカトリシズムにもう一度立ち返る必要性に気づかされたのである。古いヨーロッパの核心に至る道を遡ろうとする意志がド-ソンの思想の根幹に見られる。 第二次世界大戦中に刊行されたThe Judgement of the Nations (1943)はこの意味で非常に重要な著作である。この著作でド-ソンは人種や政治機構によらない“a federation of European nations"を唱えているが、それは「われわれの宗教が人間の理念や行動を超えて、超自然、聖なるレベルに近づけば近づくほど、われわれは一体となることができる。つまり、われわれは神から離れることによって分裂してしまったのである。われわれが宗教を人間的なものにすればするほど、さらに深くこの世俗的な事象の領域に巻き込まれ、統一の精神を失うのである。分裂は時代の精神と神の精神との衝突に由来するのである。」という基本的見解に基づくものであった。 このようなド-ソンの思想は、次年度に考察されるエリオットにも見られる。そしてそれは決して偶然ではない。エリオットはド-ソンに尊敬の念を抱き、自身の社会評論を組み立てていく中で、彼の思想を取り込んでいったのである。
|