定説によれば、アングロインデアンの作家Rudyard Kipling(1865-1936)は、白人優越主義者であるとされている。平成7年度の当初の研究計画では、この定説が誤りであることを裏づけるために、次のような問題を検討することをめざした。1.キップリングをオリエンタリストだとして批判するサイ-ドの見解の妥当性、2.白人とアジアの現地人との関係を主題とする詩と小説においてキップリングが採用した視点の特質、3.現地人の信仰するgodsと対比しながら、キップリングが白人の信仰する神をGodsと規定したことの背景と理由。 平成7年度の研究では、主として1と2の問題を検討した結果つぎのような成果が得られた。 1.白人とアジアの現地人との関係を主題とする「白人の歌」シリーズに属するキップリングの詩群において多用されている反復表現は、差異をともなう複雑なものであることが裏づけられた。キップリンは白人の立場から白人の価値観を風刺すべく一種の対人関係的修辞として反復表現を使っていることが実証された。 2.白人とアジアの現地人との関係を主題とする作品群におけるキップリングの視点は、きわめて複雑であることが裏づけられた。キップリングは、いわば両者を等距離から眺めることができる超越論的自我(フッサール)の立場に立っていることが判明した。同時に、キップリングは、この立場がけっして永続的なものではなく、ほんのつかの間だけしか維持できない不安定な視点であることを明確に自覚していた詩人であることも実証された。以上のことから、白人優越主義者=オリエンタリストとしてのキップリングという定説が誤解であることが論証された。 なお3の問題については平成8年度において引き続き検討する予定である。
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