研究概要 |
本研究は、Charles Dickensの小説において「徒弟」が重要な役割を果たしていることに注目することから開始された。David CopperfieldやGreat Expectationsなどは、しばしば「教養小説」として捉えられることがある。しかし、ドイツからの輸入概念である教養小説という形でこれらの作品を捉えることは、ジャンルの規定に引きずられて、従来あまり有意義な批評的成果を生まなかった。しかし、「教養小説」の同義語である「徒弟小説」という用語を用いて、Dickensの作品を含む英国の教養小説を、単に「徒弟を主人公とする小説」として捉え直したとき、その起源はCarlyleによるWilheln Meister輸入のはるか以前に遡ることが明らかとなった。最も早い出発点としてThomas Dekker,The Shoemaker's Holiday(1600)を置いて、Dickensまでの長大な歴史的変遷をたどることが可能なのである。さらには今世紀のE.M.Forsterにまで至る一つの切れ目ない流れが浮かび上がってくることとなった。「徒弟」は近代市民社会の生成発展の中で、文明と人間性との根源的な葛藤の場として、英文学独自の深い意味を担っている。市民社会の構成員として、その権力の中枢に組み込まれる可能性を持ちながら、徒弟は常に悪の道へ、反文明的自然状態へ回帰するカ-ニバル的資質を備えている。また、文字通りの「徒弟」のみならず、「徒弟的」な存在を追求することによって、演劇の中で「女」が支配力を拡大し、18世紀前半において、小説という新しいジャンルの誕生に結びついたのであった。本研究により、演劇から小説への主要ジャンルの交代の背景と、「徒弟小説」がまさしく英国小説の本流であることが解明されたのである。
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