本年度は食物、性風俗、交通等をめぐり『ユリシ-ズ』の歴史的背景を考察した。 食物については、階級や人種を基準にしてその内容や形態による相違を明らかにした。ダブリンの人々は基本的にはプロテスタント系の支配者とカトリック系の被支配者に分かれるが、被支配者の間でも、上流、中流、下層に分かれ、食事の内容も形態も異なっている。またユダヤ人のような異国からの移住者であるかどうかによっても異なる。 性風俗については、娼婦街での様相とともに、娼婦に身を落とさざるをえない経済事情と結びつけて考察した。花売りや女中など低賃金の女性は、自分のためだけではなく家族のために、娼婦として生活費を補充していたのである。 交通については、馬車、電車、自転車、自動車、艀などを科学の進歩と経済を関連させながら検討した。これらは時代の反映であると同時に、その時代の中での世界的な位置の指標でもある。 これらの成果については、『すばる』や『大航海』に発表した。全体的な枠組という点で、当初の計画よりは広がることになったが、これは成果であると考えている。
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