研究概要 |
外来語を排し,「国語の浄化」を図るという考え方がある.それは多くショーヴィニズムを結びつきやすい.逆にショーヴィニズムはそうした考え方をとりがちである.17世紀に生まれた国語協会は,ドイツではドイツ国語協会として今日におよんでいる,1933年ナチスによる政権奪取ののち,国語協会はナチス政権を「国語浄化」の同志とみなし,期待を寄せた.「同志」のために,ナチス指導者達の言語に対して批判を行いさえした.事実ナチス領袖の講演,著作には多数の外来語が用いられていた.さらに国語協会は言語の国家的統制をもくろみ,「言語庁」の創設を画策する。現実には,ナチスは国語協会の影響力を次第に圧縮し,その事情の殆どを手中に収める.「言語庁」の計画も,同協会に対する権力側の圧力によってついえてしまう(後年ナチスの手で「言語育成庁」として発足」.では,ナチスは言語統制をどのように考え,どのような形で進めたのか.外来語に対して,どのような態度をとったのか. 以上の問題を解明するため,ナチス政権当時のドイツ国語協会機関誌その他から収拾した資料のうち,特に外来語問題にかかわるものを取り上げ,流通度の高いもの,禁忌度の高いものを分類・蓄積した(ただ,特定の政治的・社会的事象と緊密に結びついた特殊表現-Ad-hoc表現-意外に多く,これらの言語学的扱いについては未解決のままである).特にそれらのうち従来の用法からの「逸脱」が甚だしいものを選び,分析した.その結果,当該語彙の組織的収集が可能となった他,書き言葉レベルでは名詞的品詞に,ナチス的ジャルゴンと言うべきものについては動詞が,pejorativな表現には形容詞類の多用されていることが明らかとなった.
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