研究概要 |
これまでの本研究報告において述べたとおり,(1)17世紀以来の言語浄化運動のお流れをくむドイツ国語協会の主張は,当然の帰結とはいえショービニズムと結びつきやすい危険を帯びていた。1993年のナチ政権の出現は,言語浄化論者に強力な支援者を期待させたが,ナチ指導者は知識層を引きつけ,労働者層にまやかしのイメージを植えつけるためむしろ外来語を多用した。これに批判を加えた浄化論者は逆に国語政策を誤る者としてナチの攻撃を受け,国語政策の主導権は最終的にナチの手中に収められたのである。次に,(2)ナチはその宣伝力強化の過程で,従来からあった語の意味を意図的に歪曲し,宣伝の印象を強める方法をとった。例えば「インテリ」には極めてネガティブな,「ファナチック」にはポジティブな意見を与え,かつこの表現を執拗に繰り返すとで,ナチの意に染まない知識層への国民の反感を誘い出し,無批判・無私を称楊して国民の盲目的服従を義務化した。「インテリ」について言えば,ドレフュス事件における保守右派に始まった否定的用法が,ナチ時代に大きく開花したと言える。本年の研究においては,(2)と同じ路線上に「語形成」の傾向を見た。(3)例えば,ナチの侵略的意見を思想面で支えるものとしては周知のごとく「血と大地」の観念がある。一方では民族の純潔,民族に相応しい版図を強調して民族意識を高め,他方で非ア-リア人の劣性を唱えて他民族を抹消する「最終解決」政策を押し進めた。このことは「血,土地,民族,国」などの語を含む複合語の氾濫を生んだ。本年度はそれを検証したほか,旧東独における同様な語形成についても検討を加えた。ナチと旧東独とでは意味するところが全く逆になるのは当然として,手法としては共通点のあることが明らかとなった。
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