研究概要 |
本年度は「アルハンゲリスク福音書」1092年の本文確定作業を行なったが,判読困難な箇処が多数存し,計画がやや遅れている。本写本のテクストの知見として第一にあげるべきは,明瞭な文字を有しながら文意が通じない箇処,否定詞Nt当を不用意に脱落させる個処が,予想以上に存在する点である。「オストロミール福音書」1056-57年に比べて,本写本にはある種の俗性が感じられ,これがこの写本を言語資料として興味深いものとしている。さらに「オストロミール福音書」よりたかだか40年後の作製にもかかわらず,この写本のテクストははるかにロシア化の度合が高い。音声面したがって綴りの上からは明らかにロシア語とみなされるべきである。聖書本文は「アッセマーニ写本」と「オストロミール福音書」の間でゆれている。古代教会スラブ語の規範にてらせば,音声面では,Юcblは価値を失って混乱をきたし、特にoyをЖと誤って綴る例が多い。ЪとCの使用も混乱している。tense jersは予想以上に開いており,この写本は,聖句の日常的な即読の様子を反映しているとも考えられる。動詞三人称の語尾は-Tb,男性名詞の造格・単数語尾は-ЪMbが常である。さらに、他本との同一聖書本文を比すれば,語彙の変更,特に分詞を含む動詞において語彙を変更させること,同一語根の動詞を使用しても,接頭辞を付加させたり,変更させたりする場合があること,したがって,アスペクトの問題を,この写本内で自立的に対処しているとみられること,等が看取される。これら動詞にかかわる点については,これが古代ロシア文語の萌芽期における一要点を構成するであろうと予想され,いっそうの調査と検討を要する。
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