談話構造への文法単位の関与、語彙形式の文法化の利用など、日本語は対話の研究の中で特異な位置を占め、興味深いデータを提供している。助詞や敬語に見られるように、言語形式が可視的に談話構造に関与してくるため、談話標識としての格助詞、終助詞、接続助詞などの研究が行なわれており、これらを用いた対話での対話者間の情報構造に関して多くのことが解明された。また指示表現については、代名詞および空間の指示詞の問題は多くの言語で比較的よく研究されている。これに対して、時制・アクペクトの選択や時間直示の話法における変換などにはまだ体系的な解決が与えられていない。 本研究では日朝比較のデータを用いて分析を並行して行なうことにより、時間の直示・照応現象の認知モデルを日本語と朝鮮語それぞれについて構成することを目指した。日本語と朝鮮語について、作者・読者の知識構造と認知場を想定し、その中で適切な時空間構造を認識できる仕組みを考察した。具体的には、現代の小説、小学生から大学生の書いた作文類等のテクストデータから時制とアスペクト表現を含む用例を系統的、対照的に整理、分析した。これと並行して、単文間、複文内の主節と従属節間や話法の中の時制の用法を中心とした理論的研究を行った。空間表現「マエ・アト」を用いた副詞的時間表現や空間移動動詞「クル・イク」や存在動詞「イル」を文法化して時制・アスペクトの表現手段とするなど、言語普遍的に並行的な原理が潜んでいる可能性のある時空間表現の現象も検討した。このようにして日朝語を対照的に観察し、両言語の時間に関する指示表現の特徴を体系的に際立させ、テクストの知識構造とそれを読む読者側の認知の場を前提とした時間の直示・照応表現の認知モデルを構成した。
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