研究概要 |
世俗文献において観察される借用形式の収集整理につとめるかたわら,これまでの研究代表者の研究蓄積を活用し,蒙古語仏典において供用されている外来形式の様態を,『法華経』『宝網経』『牛首山授記経』を対象に選び調査・検討した。ちなみに,いずれも蒙古語仏典の通例で西蔵本を直接の原典とするものであるが,梵本と漢訳が完備した『法華経』に対し『宝網経』は梵本を欠いており,また『牛首山授記経』は西蔵撰述の作品で漢訳は存在しない。換言すれば,蒙古語仏典の大別して3つのタイプを代表するものである。この調査検討の結果,いずれの作品においても,正当な経路によって借用された形式とともに,蒙古人が西蔵本の行文中の西蔵語形式から誤類推してウイグル語的に捏造したと見なし得る擬ウイグル語形式が存在することが判明した。蒙古人が13世紀の前半にウイグル人から文字の用法を学んだことは周知の事実であるが,この形式の存在は,その後ウイグル人僧侶の助けを借りながら西蔵仏典を蒙古語訳することで成立した蒙古語仏典の成立事情を反映したものであると同時に,13-14世紀当時の蒙古人の置かれていた言語状況をも物語る証拠となり得るものである。それぞれの仏典における借用形式の様態に関する成果は,国際学会における口頭発表を経て,本研究の研究期間内に既に公刊されている。また,これらの成果を踏まえつつ,これまでの借用形式研究の概要と今後の方向を示唆する一文も近日中に公刊される予定となっている。なお,世俗文献をも視野に含めた包括的な借用形式の研究は,今後の大きな課題である。また,上記『牛首山授記経』を調査検討するにあたり,その校訂テキストと日本語訳が完成した。これを公刊すべく平成9年度の科研費補助金研究成果公開経費の交付を申請していることを付記しておく。
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