二年間の研究期間の全体を通じて、ほぼ順調な進展を見た。平成7年度には、まず従来の内外の研究史を概観し、また関連する文芸様式を含めた叙事文芸様式の伝統の広がりへの展望を得るため、ホメ-ロスを始めとする叙事詩作品と関連する他の文芸様式の概観を行い、その成果は逸身による概説書の形で上梓された。同時に必要な資料・文献の調査・収集にあたり、文献複写・収集のための国内研究旅行も実施した。また個々の作品原典の分析研究として、語法・修辞・文体といった表現技法ないし形式面と、モティフやテーマ等の内容的な側面からの検討を行ったが、その過程で特にヘレニズム・ローマ期の新しい文芸観の重要性が改めて認識され、そこから教訓詩や小叙事詩、エレゲイア詩等が中心的な関心対象として定まってきた。こうして平成8年度には、より具体的な作品研究の対象として、逸身はアラートス作『星辰譜』を、また大芝はオウィディウス作『恋の技法』を取り上げ、背景となる叙事文芸様式の伝統との関連と独創性の問題を考察した。その成果はともに東京都立大学『人文学報』第276号所載の論文(別記)に結実した。『星辰譜』は広義の叙事詩(エポス)の重要な支流である教訓詩の、ギリシアとラテンの結節点として意義深い作品であり、逸身論文はその内容の正確さを問題としている。また『恋の技法』は、ローマ恋愛エレゲイア詩の伝統のほぼ最後に位置する作品であるが、大芝論文はこの作品の伝統上の位置づけを探る試みである。これらの研究を通じて叙事文芸様式の伝統の根強さが改めて明瞭になると同時に、その傍流である教訓詩やエレゲイア詩もまた新たな伝統を形作りつつ変化発展して行った次第が明らかになったと考える。この研究成果を足がかりに、さらに分析・検討を積み重ね、叙事文芸様式の特色と多様性に配慮した研究を継続発展させて行くことが、今後に残された課題であると考えている。
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