「アイスキュロスの比喩」の用法の研究のひとつとして「縛られたプロメ-テウス」を取り上げて調べた。この劇は一般に動きが乏しいギリシア悲劇の中でも特に動きの少ない劇である。それはこの劇が舞台正面に据えられた大きな岩山に縛りつけられたプロメ-テウスを中心に展開し、台詞は身動きもままならぬ彼と次々に訪れる登場人物との間にやり取りされるだけであるからである。僅かに見られる動きは冒頭においてクラトスとビア-に引立てられて登場するプロメ-テウスと、最後の場面でオ-ケアノスの娘たちとともに彼がゼウスの雷霆に撃たれて奈落の底に落ちて行く場面のみである。 この論文では作者が演劇の表現手段として舞台装置などの視覚に訴えるのみならず、比喩の持つ描出能力に頼ってそれに劣らぬ演出効果を収めていることを示そうとした。この事実を論証するために、劇の進行の上で重要な働きをするキーワードを選び、それらの言葉が比喩として用いられている用例を場面の中で例示しながら、比喩と視覚効果、また比喩が持つ演出効果について検討した。それらのキーワードは「権力と脅し、雷電と火、恐怖、船、海と嵐、苦難・軛、苦難・虻、病い、決意、自然、胤、鳥と怪物、知恵と技術」である。 比喩は舞台の上では明瞭には認めがたいものや、舞台の外に設定されている光景などをまざまざと観客の心の中に描写しようとするときに意図的に使用されるのであるという筆者の理論に従って上のキーワードについて各場景を追って検討した。その結果、用例が多い重要な言葉については各場面に満遍なく比喩が並んでいることが証明された。また用例が少ない言葉についてもそれが特定の重要な場面に比喩として集中的に用いられていることが明らかになった。
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