アテ-ナイの祭典における合唱隊の競演から演劇が発展し成立していく過程にあって、悲劇詩人として先駆者の立場にあったアイスキュロスは俳優やコロスの人数、衣装や小道具と舞台装置にいたるまで全てにわたって新らしい考案をした。彼がとりわけ意を用いたのは言葉の斬新な組合わせにより表現の可能性を広げることであったが、それは時によると慣用的な用語を避けようとするあまりに、新奇で大げさな表現を好む傾向があるとして非難される原因ともなった。 アイスキュロスの「小伝」は、彼が「新造語、形容語句を用いることによって雄渾な文体を作ろうと心掛けていたが、特に比喩を駆使することによって、表現に荘重さを与えようとしていた」と伝えている。彼の文体が他の詩人のものに比較して雄渾で荘重であることは明らかであるが、それがこの評伝の言うように比喩などの使用によるものであるか否かを検証するのがこの研究の目的であった。 比喩(隠喩)は「AとBの関係はCとDの関係に似ている」という類比関係(直喩)から「似ている、のようだ」と言う部分を除いたものであるとアリストテレスは述べている。その理論に基づいてアイスキュロスの悲劇作品に用いられている比喩の用例を内容から分類して検討し、その結果「洗練された表現は比喩と類比から、そして眼前に彷彿とさせることによって得られるという」理論が詩人の作品全体にわたって実証されることを確認した。 「比喩の彷彿性」は舞台装置や小道具に劣らぬ演出効果を表し得るために、比喩を多用したアイスキュロスは舞台外の情景や人間の心理状態を措辞のみの力で巧みに表現することができたのである。
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