本研究の対象は叙事詩と悲劇であるが、そのうち今年度は対象を叙事詩、とくに『オデュッセイア』に限定して研究を進めた。なかでも、女性の登場人物のうちで特異な存在であるキルケ-をめぐって第10巻を取り上げることにした。研究の予備段階において、『オデュッセイア』第10巻のキルケ-・エピソードのひめる可能性に気付いたためである。というのは、このエピソードの本叙事詩での語り口が、ラテン文学のウェルギリウス『アエネイス』第7巻およびオウィディウス『変身物語』第14巻で語られるキルケ-像と興味深く異なっている。そしてこれら3篇の作品でのエピソードの取り上げ方を比較することによって、『オデュッセイア』のキルケ-の特質が浮かびあがるとともに、ひいてはこの作品における女性観やその表現の特徴を明らかにすることができると考えられるからである。キルケ-はカリュプソ-としばしば比較されるとともに、ペ-ネロペイアとの類似性も認められるため、キルケ-についての考察は、その場面のみならず全編の解釈とも緊密に結びついている。また女性像にテーマをしぼると『イリアス』を扱う機会が少なくなるが、キルケ-の場面には『イリアス』第24巻との表現上の類似が多いため、intertextualな観点からの考察も可能である。 このテーマは6月の学会発表に採択され、もっかその発表にむけて研究の充実をはかりつつある。
|