3年にわたる研究期間のあいだに達成できたことは、必ずしも当初の予定のすべてをカバーするものではなかった。具体的には、最初は叙事詩と悲劇という二つのジャンルにおける女性像の検討をめざしていたが、最終的に叙事詩の女性像の解明が達成されるにとどまった。とはいえこの間に、以下のような実り多い成果をあげることができた。 叙事詩という同一ジャンルに属しているとはいえ、ホメーロスとヘーシオドスの女性像は鮮明に異なっている。このことは欧米の研究者たちによって以前から指摘されていたが、今回の研究によってその差異が何に由来するものであるかがより明らかにされた。その違いは、この二人の詩人の聴衆・読者層の階級的差異に基づくと従来しばしば説明されていた。だがこの相違は女性に対する詩人のまなざしに依拠するものであることが、今回の研究によって明らかにされた。 今回の研究の結果、明らかになったことは、次のようなことである。まず『イーリアス』と『オデュッセイア』という二つの詩篇の女性像は決して一枚板というわけではなく、両詩の間にはっきりとした差異があることが確認されたことである。次に、ホメーロスの両叙事詩はヘーシオドスと比較すると女性に対して好意的かつ温和だと言われるが、それでもやはり、男性中心社会のなかでの女性の社会的・経済的地位の低さは作品のなかに如実に反映されている。それゆえ、ホメーロスの女性観もジェンダー・イデオロギーから完全に解放されているわけではないことがわかった。最後に、そのような時代の制約にもかかわらず詩人の深い人間愛は、当時の社会で「人間」とみなされなかった女性にも向けられている事実が詩から読み取れることを本研究は明確にした。
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