本研究は、夫婦財産関係を「家」制度の形成・変容の過程に位置付けて検討することにより、夫婦財産関係それ自体の研究にとどまらず、戦前の家族の法構造の再検討を展望しようとしたものである。まず、明治民法施行以後、夫婦財産関係の構造と機能がどのように展開していくのかを、判例の動向を中心として検討した。明治民法は、妻の無能力規定と管理共通制により、夫に財産的権限を集中して夫による経営の統一を図り、かつ、夫の下に統合された財産の自由な流通を、妻の財産権保護の犠牲において保障しようとした。しかし、このような構造を持つ民法の、現実の機能は、必ずしも立法意図に沿うものではなかった。例えば、妻の無能力に関しては、立法意図は、妻を夫に服従せしめ夫の意思に反して妻が自由に法律行為を為すことを阻止することにより、夫による経営の統一を図ろうとするものであったが、現実の動きは、夫の許可を得ない行為の取消により、この規定がかえって取引の安全を害するという弊害を生み出した。このような動きを受けて、判例は、夫の許可の方法を緩やかに解釈し、また、婚姻解消後の取消を否定することにより、取引安全を図ろうとした。けれども、このような矛盾を抜本的に解決するためには、民法の規定自体の見直しが必要となった。他方、当時、女性の権利拡張運動も活発化してきていた。そこで次に、大正から昭和にかけての民法改正作業、及び、その中で夫婦財産関係の規定の見直しがどのように進められていくかについて検討した。改正要綱は、妻の能力の拡張及び、夫による管理共通制の廃止を掲げた。主たる意図は取引安全であったが、改正が妻の財産権の強化に働くことは否定できず、また、夫による経営の統一という民法の構造を解体に導くものである。しかし、当時既に経営体としての家族の機能は失われつつあった。改正の方向は、このような家族の機能の変化に対応するものでもあったのである。
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