研究概要 |
本年度の研究成果の概要は以下のように要約できる。 第一に、英国の法廷弁論資料のうち、その中にア-ギュメント(論証)を含むものは、16世紀後半から散見されるが、18世紀末以降が中心である。それらは速記官の記録に基づくもの、ないし出版されたもので、実際の弁論の再現資料としての価値は高い。 第二に、特に重要な法廷弁論家は、Thomas Erskine (1750-1823), Henry Brougham (1778-1868), John Campbellの三人である。この三者は皆、スコットランド出身であり、スコットランド啓蒙思想、コモン・ロ-及び裁判制度(特に刑事)の近代化という歴史的、思想的文脈で活躍した。また、合衆国独立そしてフランス革命という政治情勢の中で、いわゆる「Whig」に属する政治家としても活動した。 第三に、入手資料や文献の制約から、今回の研究の焦点は、ErskineとBrougham、特に前者に限定せざるを得なかった。後者の方が古典(ギリシア・ラテン語)教育への関心は顕著であるが、前者は後者を評価する前提をなすからである。 第四に、Erskineの弁論記録資料の内容は、名誉毀損事件、出版の自由、扇動罪、大逆罪等の政治事件ないし刑事事件が多く、陪審法廷は、いわゆる「特別陪審」であった。 第五に、刑事事件、政治事件において弁論家の活躍が見られる点において、古典レトリック(例キケロ-)と共通する。しかし、弁論の場面は英国では必ずしも一般市民に向けられたオープンなものでななく、「特別陪審」に見られるように、かなり閉鎖的でかつ裁判官、弁論家、陪審には共通の社会的、教養的基盤があると考えられる。 第六に、第五の点が古典レトリック理解にも示唆を与え、古代ギリシアの弁論術のホメロス以来の(一定限度の)閉鎖的伝統の存続について再考を迫っている(別紙研究成果参照)。尚、平成8年7月下旬渡英の折、モードリン・コレッジのDr. Ibbetson及びインナー・テンプルのHis Honour Judge Cryanから得た助言が、大変有益であった。
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