わが国における先住民族の権利保障制度の実現可能性を探るために、この問題の先進国における政治的および法的事情を具体的に考究するのが本研究の当初の目的であった。そのため、第一に、アメリカ合衆国におけるインディアンによる土地返還運動、第二に、カナダの1982年憲法における先住権の明文化と、ヌナヴ-ト土地協定等の成立、第三に、オーストラリア最高裁による1992年のMabo判決の影響等を素材として取り上げ、検討した。 しかし、その作業の過程において、本研究の直接の契機であったわが国の先住民の法的地位に関して重要な意味を持つ「アイヌ新法」の立法化が現実的日程に上り、新施策の策定および法案作成作業がはじまるに至った。そのため、当初から実施してきた基礎的研究を継続するとともに、政府において検討されていた施策および法案に具体的に対応した検討を行い、それに基づく具体的提言を試みることにも注力することとした。さらに、平成9年3月の札幌地裁による「二風谷ダム」判決もわが国における先住民族の法的地位を考えるうえで重要な契機となるものであったため、その検討も含めることとした。 その結果、第一に、政府により提案された「アイヌ新法」は、先住民族固有の権利としての自決権的権利(先住権)を認めていないなどの点において批判されているが、諸外国において土地権の回復や政治的自治権の承認をめぐって様々な紛争や軋轢が生じていることに照らし、先住民族対策において経験を持たないわが国においては、民族のアイデンティティの核心にあり、国民のマジョリティの理解も得やすい民族文化の復興・発展から着手することは合理的であること、第二に、先住民族としての認定を、少数民族として実定法上有する権利の権利性を高める要素として加味する。「二風谷ダム」判決の手法は、わが国において有効性を持つものであること、などの知見が得られた。
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