今年度は、ペロニスタの変質過程の一環として、メネム政権化(1989-)における民営化問題を取り上げ、それがアルゼンチンの政治体制、とくに労働運動にいかなる影響を与えたかを探った。そうした影響のひとつが、公共部門において多数の離職者を生じたことだった。この結果、かつては労働運動の中心的存在だった公共部門の労働組合が弱体化し、労働運動全体の政治力も低下しつつある。また、ペロニスタ党議員のなかに占める労働運動出身者がますます減少し、労働運動に対する党の発言力も弱まっている。ペロニスタ党の議員のなかで組合出身者が激減しているとの事実は、ペロニズムの変質と労働運動との関係をテーマとする本研究において重要な意味をもっているが、この関係を掘り下げるための資料が不足し、今年度は十分に掘り下げることができなかった。この点は来年度にさらに追究したいと思っている。 議会での影響力の低下という事実を前に労働運動は、96年半ば頃から議会外での影響力の行使に活路を見い出そうとしているかに見える。内部の団結を固め、ゼネストを連発することで、政治的発言力の回復を図ったり、資本家、政府との社会協約の締結を目指している。そして、民営化などに伴う労働運動の弱体化とこうした新路線へのシフトを、「新自由主義的政策の政治体制へのインパクト:民営化に見るアルゼンチンの事例」(小池洋一編『ラテンアメリカの開発の新しい枠組(仮題)』(1997年3月発行予定)のなかで分析した。 さらに、本年度は最近におけるペロニズムの変質を歴史的角度から探った。なかでも、初期のペロニズムがファシズムがファシズムとポピュリズム的側面を併せ持っていたことを明らかにし、最近のペロニズムの変質もこうした多面性と結び付けて考えることを「ペロンとペロニズム再論」『歴史学研究』(第690号、1996年10月)のなかでで指摘した。
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