本年度は、メネム政権の労働政策、とくに、いわゆる労働フレキシビリティ政策として知られる政策とそれに対する労働側の対応の分析を中心に研究した。労働のフレキシビリティ政策は、主としてペロン時代に労働者が享受した様々な特権を剥奪して、労働コストを削減し、企業の投資意欲を高めることを目指したもので、メネム政権のもとでのペロニズムの変質を典型的に示すものである。一方、これに対して、労働側は、労働フレキシビリティ政策を、労働運動に対する重大な挑戦と受け止め、様々な反対運動を展開した。こうした労働と政府側との熾烈な闘争を経て、労働のフレキシビリティはかなりの進展を見せつつも、団体協約の改正をはじめとして、労使間で意見が大きく分かれている問題については、まだ決着がついていない。こうした抗争のなかで注目に値するのは、労働運動の政治とのかかわりに変化が出てきたことである。すなわち、従来はペロニスタ党内に多くの労組出身議員を擁しつつも、ともすれば、議会の枠外でのコ-ポラティスティックな行動に走りがちだった労働運動が、労組出身議員の激減という新しい状況下で、複数の政党に対して積極的なロビ-活動を展開していることである。いいかえれば、民主化の進展という1980年代以降の新しい政治状況のなかで、労働運動が議会重視の方向を強めているのである。このことは、アルゼンチンにおいて民主主義が定着にとっては、プラスに評価出来るものと思われる。なお、近年のアルゼンチンの労働運動は、地域統合(メルコス-ル)内での他の国々の労働運動との協力を深めることによって、メネムの新自由主義に対抗していこうとしており、この動きもペロニズムの変質と労働運動に関わるテーマなので、若干ながら研究を進めた。
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