本年度の研究は、1920年代における都市を中心とする「生活」の変容を明らかにすることであった。芥川をはじめ当時の文学者たちは、時代状況を鋭敏にとらえるなかで、「生活」「生活者」に注目しはじめた。この時期の「生活の変容」については社会文化史研究において、とりわけ「日本モダニズム」の研究がなされてきたし、日本史研究においても、この時期の「生活の変容」を「生活の価値化」という概念でとらえることが提起されている。こうした研究状況をふまえながら、本研究では当時の賃金労働者や俸給生活者の生命・健康、そして医療にかかわる情況を、市街地購買組合、実費診療所、無産者医療同盟、健康保険制度の具体に則して検討した。「生活の変容」を貫く歴史情況は、(1)労働者階級や俸給生活者など都市生活者の量的増大と、それぞれの生活内容の形成、(2)新たな生活領域のひろがりと、その質的水準の確定にともなう「生活の価値化」、(3)「生活の価値化」の重要な構成要素たる生活にかかわる組織および運動の形成、発展、(4)生活の組織化はco-operation(協働共栄)の追求であるが、そこには同時に、福沢諭吉が強調してやまなかった「独立自尊」を人々が希求していることがあった。(5)これらは新たなる都市的生活様式をかたちづくることとなったが、それは生活の制度化過程でもあったかもしれない。こうした検討内容については、「都市-農村共生型医療利用組合運動とその時代」としてまとめ、『阪南論集-社会科学編』第31巻第1号に発表した。 以上のような検討内容を、個別の都市地域=市街地においても明らかにすることが次の課題である。この課題については、とりあえず青森、倉吉(鳥取県)、須崎(高知県)について検討作業を続けている。
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