平成8年度の研究計画は、主に(1)事実確定のための史料収集、(2)19世紀後半に出版された賃金論に関する文献収集、(3)機械産業生成期の労働・雇用慣行に注目してクラフト的規制の起源を論ずる第1次稿の作成、(4)生成期の慣行と19世紀第4四半期以降に発見された労務管理問題との連続性の検証の4点であった。(1)と(2)については、それぞれ数点ずつを収集し、内容整理にとりかかているところである。(3)については、19世紀初頭に既に稀ではなくなっていた地域間労働移動が、ロンドン、マンチェスタ、ボウルトンなど機械産業先進地域における労働・雇用慣行の形成にいかなる影響を与えたかという観点から研究を進めた。これら先進地域では産業成長・労働力需要の増大とともに機械産業熟練職種にも新規労働力が流入したのだが、この過程で、これら諸地域の原基的慣行が動揺することを通じて、暗黙の慣行が初めて明瞭に自覚され、再編成されたために、労働・雇用慣行に関する記述が史料として残されているとの仮説によるものである。この観点からの第1次稿を現在作成中である。(4)については、両時期に同質の問題が存在していることは示し得たが、(3)の研究の進展とともに、「連続性」というよりも、「前提」が19世紀初頭に形成されたのではないかとの仮説を構成中である。 研究成果の発表についてだが、(3)については、伝記・自伝、その他断片的な史料に依存せずるをえず、その代表性を確定するために史料上の若干の困難があり、また論理的にも、暗黙の慣行が動揺した原因を労働力流入だけに求めうるか、この時期に進展した生産技術上・経営上の変化を説明項とするか被説明項とするかなど考察すべき問題が残されており、今年度は研究成果の公開にはいたらなかった。
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