平成8年度において、第一に、前年度における文献研究の成果から意思決定に関わる認知科学の観点を本研究の理論枠組みに導入する試みを行った。この必要性については、前年度実績報告書で報告済みである。第二に、この理論的観点と予備調査として前年度に行った実証調査結果とを結合する試みを行った。第三に、実証調査データを交渉経験年数を基に再分析を行った。これらの研究から得られた新たな知見として、以下の諸点があげられる。 1.認知科学的観点は、人間行動を情報処理または意志決定と同一視して、動機より思考の重要性を強調する心理学の理論的立場であると要約できる。この観点からは、思考と意志決定の間を仲介するものとして、コミュニケーションの重要性が特に交渉過程において当然視されることになる。認知科学的観点からすれば、交渉は社会的相互作用の特殊なケースであり、一体化は価値観の伝達を包含したコミュニケーションによって促進される。相互作用-一本化-一体感を貫く媒体は、コミュニケーションである。ところが、コミュニケーションには、そのスタイルとともにシステムの文化差が存在することは多くの研究例が指摘している。以上が第一点に関する知見である。 2.交渉コミュニケーションの研究成果のほとんどは欧米の研究者によって行われており、代表的なシャノン=ウィーバー・モデルのように、メッセージ(情報)の送り手と受け手間で活発にやり取りが行われる、あたかもキャッチ・ボールのような合意形成過程である。これに対して、異文化研究に関わる日本の研究者からは、異論が出されている。すなわち、日本人の間で行われるコミュニケーションは、「長い時間をかけて、お互いの関係の中に、膨大な情報が蓄積され、その膨大な共有部分はあたかも非言語的に関係の中に蓄積されている」データベース型のコミュニケーションだという説(井上正孝)である。この井上説に立つと、用地担当者と地権者等間で感情や価値観も含めた膨大な情報蓄積が形成され共有化されていくのが内的合意形成過程ではないだろうか。その際に、参照される価値観が、第1に支配-服従、第2に権限受容-非受容、そして最後に有効-非有効であったと解釈する方が現実的であろう。以上が第二点に関する知見である。 3.実証調査データを交渉経験年数別分類して再分析を行った。その結果は、用地交渉の経験年数(10年以上と未満に分類)の違いで、重視される価値観に差があることと個人差が大きいということの二点が見出された。以上が第三点に関する知見である。これらの点に関するさらなる探求と実証調査データ数を増大させることが今後の研究課題である
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