本研究の目的は、我々が発見してイギリスの科学誌Natureに1994年に発表したマントルの深さ920km付近にある地震波速度の不連続面の研究を続け、その地球科学的な意味を明らかにすることであった。2年間の研究期間ではその全貌を明らかにすることは出来なかったものの、マントル遷移層周辺の構造と下部マントル状況下での沈み込んだスラブ物質のふるまいについて、新しいきわめて重要な成果を得ることができた。 J-array及び米国カルフォルニアのarrayデータを使った新たな研究により、この不連続面の深さは当初考えていたよりも地域性があることがわかった。日本から小笠原弧にわたる沈み込み帯では南に下がるにつれて945kmから970kmに深くなるのが観測され、インドネシア弧下では西へいくに連れて940kmから1080kmに深くなるのが観測された。さらにインドネシア弧下では、不連続面の深さ変化に対応して地震波の高速度異常が西に行って深くなるのが最近のトモグラフィーモデルから読み取れ、920km不連続面が沈み込んだスラブの残骸と思われる高速度異常と深く関連している可能性のあることが明らかになった。しかしながら地震波形の解析から、地震波速度は不連続面を境にして増えていなければならない。このことは不連続面が、沈み込んだスラブに対応する高速度異常の底であるという単純な解釈では説明できないことを意味する。ひとつの可能性としては、スラブ物質はマントル遷移層を突き抜けて下部マントルに落ちたあと化学的な分化をおこして不連続面を構成している、と考えることができる。もしこのようなことが地震学的データから立証できれば、今までの我々の下部マントルの物質観は大きな修正を迫られ、全地球のダイナミクス・進化といった観点からいっても極めて重要なものとなる。残念ながら既存の地震学的データからだけではこれ以上の決定的な結論を導き出すのは難しく、本研究の成果は新しい観測点の設置等を含む新たな研究計画に発展的に継続されていく必要がある。
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