当研究課題では、走査トンネル顕微鏡(STM)による芳香族化合物の単一分子観察を行い、分子軌道の形やエネルギーなど、分子のもつ個性がSTM像にどのように反映されるかを直接的に明かにすることを目的とした。レーザー照射によるトンネル電流の変移を検知することで、通常のトポグラフ像では、区別のつかないような、微妙な分子吸着状態における表面電子状態の違いを顕著に反映した単一分子像が得られることを見いだした。特に、吸着構造と電子状態の違いが、どのように光STM像に反映されるかについて、詳細に調べた。測定方法は光変調法に加えて、表面の局所状態密度を調べるために、バイアス変調法の開発を行い、光変調像とバイアス変調像の比較から、表面光起電力の局所状態密度効果と光励起キャリアの効果の分離を行った。対象とした分子は構造とHOMO-LUMOギャップが大きく異なる亜鉛クタロシアニンとコロネンを選び、基板としてシリコン単結晶(100)面の2×1再構成表面を用いた。 亜鉛フタロシアニンはバイアス変調像のコントラストが強く、フェルミ準位付近に大きな状態密度を持つので、光変調像は主に表面起電力により生ずる。これに対して、コロネン分子はバイアス変調像のコントラストが小さく、状態密度が小さいので、光変調像は励起キャリアの直接的なトンネリングの影響が強く現れ、コロネン分子像のコントラストの原因となっていることを見いだした。また、このコロネン分子の光変調像のコントラストは、吸着構造と強く関係していることも明かになった。 以上のように、亜鉛フタロシアニンとコロネン分子について走査トンネル顕微鏡を用いて芳香族分子の単一分子直接観察を行った。さらに光変調法やバイアス変調法を駆使して、分子の吸着構造、電子状態と画像との関係を明らかにした。
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