研究概要 |
DNAの、生体中での三次元構造を探る手法の一つとして、顕微ラマン分光法がある。結晶であれ液体であれ、1ミクロン以下の小さな部位の構造知見を得ることが出来る。核酸塩基のラマンスペクトルから、ラマンシフトと散乱強度の強さがわかり、ラマンテンソルの異方性から、その転用性を仮定できる範囲で、塩基の構造と方位を知ることが出来る。本年度はピリミジン塩基の一つであるチミンを取り上げ、チミン様塩基について基準振動・ラマンテンソルの形状・転用性について詳細に検討した。チミン様塩基としてはチミン自身の他、ヌクレオシドであるチミジン、チミジンの3'-OHをアジド基N_3で置換したAZT、チミンの5位のメチル基をハロゲンで置換した5-クロロウラシル(5ClU),5FU,5BrU,5IU、およびこのメチル基がリボースの1'CHに置換したプソイドウリジンを取り上げた。それぞれ単結晶を作成し、X線回折によって結晶の軸方位を定め、単結晶の偏光ラマンスペクトルとして(aa),(bb),(cc),(ab),(bc),(ca)の各成分を取得した。又溶液の偏光解消度も同じ構造に対するものを測定した。チミン本体については非経験的分子軌道(MO)法6-31Gを用いたHONDO8.5によって、基準振動数、赤外およびラマン強度を算出し、実測と比較考察した。得られたラマンテンソルは、グラフ表示する事にし、実際に近い三次元透視図と、主軸切片表示を試みた。MO法を参照すると、チミンのラマンテンソルの実験結果からの推定値は、それほど狂っていない事が判明した。MO法と実際の結晶の結果では、静電場・真空中での単一分子と、交番電場・分子間相互作用下の分子との相違を反映して、定性的には一致しても定量的には必ずしも一致しなかった。しかし、同じ単結晶のチミン、チミジン、AZT、プソイドウリジンの4分子の間には、ラマンテンソルの転用性が予想以上に成り立っている事がわかった。
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