単離された5価クロムのニトリド錯体は4、5種であり、その化学は殆ど未開拓のままである。そこで、ニトリドクロム錯体の電子状態と電気化学的性質を調べる目的で[CrN(bpb)]とそのメチル誘導体の電気化学測定(CV)及び電解ESRの測定を行った。その結果、還元は可逆的にクロム上で起こるが、酸化は非可逆的に2段階で起こることが分かった。第一段酸化では配位子bpbが酸化されると同時にbpbからクロムへの電子移動が起き、クロムは還元される。第2酸化ではこの4価クロムが酸化されて新しい5価クロムのニトリド錯体に変化する。 [CrN(bpb)]の面内配位子のπ-系を崩した錯体として[CrN(salen)]を合成し、その結晶構造解析を行った結果[CrN(bpb)]と類似した四角錐型配位構造であった。構造とESR及び電子スペクトルの測定結果、この錯体の基底状態の電子配置は[CrN(bpb)]と同様にd_<xy>^1と結論された。しかし、CV及び電解ESR測定より明らかになった両者の電気化学的性質niは大きな違いがある。即ち、[CrN(salen)]は酸化も還元も非可逆的に起こり、濃硫酸で処理すると、[CrN(bpb)]ではS=1/2の錯体種が生じるに対して、S=1の錯体種が生じる。 ポルフィリンを面内配位子とするニトリドクロム錯体では酸化還元ともに配位子上で可逆的に起こることが報告されている。従って、今回の結果より、これら3系統のニトリドクロム錯体の電気化学的性質は面内配位子によって全く異なることが明らかとなった。 [CrN(bpb)]の前駆体錯体については、そのゼロ磁場分裂が0.5cm^<-1>以上と大きい値であること、その値は軸位配位子の種類に強く依存すること、bpbの配位子場がCl^-なみに弱いことが分かった。 以上の結果は3つの論文にまとめて報告する予定である(1つは投稿中)。
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