分子中に3個の不斉中心を持ち、その旋光度や円偏光二色性スペクトルから金属錯体の旋光度を決定する要因となる規則性に関する知見が得られると考えられるΔ-cis-[Cr(CN)_2(S-pn)(R-pn)]Cl・H_2Oの合成を最初に行った。この錯体の合成は紫色硫酸クロム(III)にSR-プロピレンジアミンを反応させて中間体のアクアビスプロピレンジアミン錯体を生成させ、これにKCNを反応させて得た反応物をイオン交換樹脂を吸着層とする液体クロマトグラフィーや分子ふるい液体クロマトグラフィー等のにより精製した。さらにセルロース粉末を充填剤ブタノールを展開剤とするクロマトグラフィーにより異性体を分離後、光学分割剤を使った光学分割を行いΔ-cis-[Cr(CN)_2(S-pn)(R-pn)]Cl・H_2Oを得た。この錯体の分析上の特異性は主としてその分子旋光度や円偏光二色性スペクトル及び赤外線吸収スペクトルに観測されるが、特に分子旋光度や円偏光二色性スペクトルはプロピレンジアミンが配位している他の異性体と大きく異なり、分子中に不斉中心を持たないエチレンジアミンが配位し、中心クロム以外に不斉中心を持たず既に我々が合成しているΔ-cis-[Cr(CN)_2(en)_2]Cl・H_2Oのそれと殆ど等しい事が明らかになった。この事実は大変興味深くさらに研究を進め、今日まで報告された事の無い金属錯体分子内における中心金属の不斉と配位子に局在する不斉に基づく掌性の相関性、2個以上存在する不斉配位子の掌性間の相関性、S-やR-プロピレンジアミンの作る5員キレート環の配向とその掌性との関係等を明らかにする。
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