本研究の主たる目的に一つである金属錯体の示す旋光度に対する中心金属の不斉と配位子の不斉間に存在する相関性の詳細を明らかにするべく分子の中心に位置する不斉なクロムに加え、2個の配位子にも不斉中心を持った金属錯体∧-cis-[Cr(CN)_2(S-pn)(R-pn)]C1・H_2Oの合成行った。この錯体の旋光度やその他の光学的性質を調べた結果、以下の関係が明らかとなった。(1)1個の錯体分子内に存在する中心金属及び配位子の不斉中心が錯体の示す旋光度や円偏光二色性に対しておよぼす寄与の間には正確な加成性が成立している。(2)1個の分子内に存在する2個の配位子の不斉中心が錯体の旋光度や円偏光二色性におよぼす寄与の間にも正確な加成性が成立している。ところで、従来の配位立体選択則に従えば∧-cis-[Cr(CN)_2(S-pn)(R-pn)]C1・H_2OにおいてS-pnとR-pnが形成している2個の5員キレート環の配向は異なっておりその安定性も異なると考えられるが、それにも関わらず上記(2)の関係が成立するのは大変興味深く、金属錯体の旋光度を決定している構造上の要因の一つが明らかになったと考えられる。すなわち不斉中心を持つ配位子、プロピレンジアミンが中心クロムに配位して5員キレート環を形成した場合、そのプロピレンジアミンの不斉中心に帰属される旋光度は5員キレート環のC-C軸の配向には影響されないことになる。これらの知見をより確実なもにするため現在、∧-cis-[Cr(CN)_2(S-pn)(R-pn)]C1・H_2Oの単結晶X線構造解析を行いS-pnとR-pnが形成している5員キレート環の配向の詳細を調べる作業を行っている。このX線構想解析の結果はプロピレンジアミンの枝分かれメチル基の相対位置と関連した立体選択制についても新しい知見を与えると考えられる。
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