ニホンザルが食物の分布を個体毎にどう認知し、それを彼らの採食戦略の中にどう取り入れているかを明らかにすることを目的に、屋久島西部海岸域の照葉樹林で人付けして野生ニホンザルを対象に調査を行ってきた。今年度は春期に調査を実施し、これで先年度に収集した記録とあわせすべての季節において記録がそろったので、4季それぞれにおいてアクティヴィティー、採食時間割合、個体の遊動距離、遊動コース、採食パッチの選択や滞在時間、他個体との関係などを分析し、各季節にトランゼクト法によって調べておいた食物のフェノロジーとの相関を検討した。その結果、屋久島の海岸域に生息するニホンザルの採食遊動には目的的遊動(Goal-oriented foraging)と日和見的遊動(Opportunistic foraging)の2種類があることが明らかになった。前者はよく高順位のオスが中心になって行うもので、秋から冬にかけての果実期によく見られ、嗜好性の高い果実にねらいを定めて群としてまとまって遊動する方法である。群のほぼ全員がこういった果樹の場所を認知していると考えられ、間に他の食物を摂取しないために食物パッチ間の距離は長くなる。これに対して冬から春にかけて果実が少ない時期には、群が広く散開して個体毎に多様な食物を摂取する後者のタイプが多くなる。食物の条件ばかりでなく、個体の性・年齢・社会的ステ-タスによってもどのタイプの遊動をするかは異なっており、ニホンザルの採食遊動が個体の生活史と社会認知を反映していることが判明した。ニホンザルにとって秋の交尾期は果実の最も豊富な時期にもあたり、オスもメスも採食戦略と繁殖戦略のバランスをとる必要が生じる。この二つの異なる要求の妥協点として目的的遊動が進化したと考えられ、ニホンザルが採食を通じて発達させた社会認知の一端を解明することができた。
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