テナガエビ(Macrobrachium nipponense)地方集団間では、遺伝的基礎に基づく顕著な卵サイズ変異が認められる。ほぼ日本全域を網羅する本種28地域集団を対象として、21遺伝子座に関するアロザイム分析および額角歯数に関する形態的解析を行なった。 その結果、調べられた太平洋側の6河口集団(小卵多産)および日本海側の5河口集団間には高い遺伝的類似性が認められ、海流(黒潮)を介した幼生分散によって、広い範囲で遺伝的交流(遺伝子拡散 Gene flow)のあることが示唆された。この遺伝的交流は、特に日本海側で高い頻度で行なわれているが、太平洋側では紀伊半島が遺伝子交流の障害として作動していることが解かった。 現在の地理的分布を加味しながら、遺伝子頻度に基づくクラスター分析結果を考察すると、内陸部の中卵あるいは大卵集団が、幾つかの地域で互いに独立に祖先小卵集団から分化してきたこと(表現型の多所的並行進化)が強く示唆された。特に、関東および仙台平野の大卵集団2グループは明白な形態的な違いを示し、それらが互いに独自に大卵化してきたものと考えられる。卵サイズを大型化した内陸部移住集団では、集団の遺伝的変異性(平均ヘテロ接合頻度)の有意な減少が認められた。この減少は生息場所の分断による隔離効果によるものであることは疑いない。このような遺伝的変異性の減少が集団の絶滅とどのような対応関係にあるか、すでに一部解析が進んでいるミナミテナガエビ、ショキタテナガエビなどとの種間比較による総合的検討が待たれる状況にある。
|