我々はこれまでリン酸輸送機構の詳細を明らかにするために、リン酸飢餓植物と正常植物の比較を行うことで研究を進めてきた。この実験条件では植物の生理条件が成長に伴い徐々に変化し、必ずしもリン酸輸送能のみの変動を測定することはできない。そこで本研究では、近年発展してきた細胞内顕微注射法や巨大細胞での細胞内灌流法を用いて、細胞質・液胞のリン酸濃度を短時間で人為的に制御し、同一生理条件下でのリン酸濃度変動に対して細胞内のコンパートメントがどの様に反応するか明らかにすることおよび、人為的濃度変動に対して各膜輸送能がどの様に反応するか明らかにすることを主要な目的とした。 実験材料として用いている、車軸藻、大麦、ニチニチソウ培養細胞では、それぞれ現在までの研究からリン酸分布の実体や、生体膜リン酸輸送活性あるいは、リン酸によるイオン輸送能調節機構の一部が明らかになりつつある。本年は車軸藻の細胞内灌流法を用いて、人為的に液胞内リン酸濃度を減少させた時に、液胞および細胞質のリン酸濃度がどの様に変動するか探るところから測定を始めた。これまで得られた結果では、液胞からリン酸を除いたときに、24時間程度では細胞内分布には全く変動が見られず、細胞はリン酸欠乏時と同じ細胞内状況に置かれているが、液胞膜の機能としてはリン酸が十分に存在するときの性質を保っていることが示された。今後は、さらに細胞質のリン酸濃度を上昇させたり、リン酸輸送活性を合わせ観察しながら、細胞内ホメオスタシスの実体を探ることを予定している。また、ニチニチソウ培養細胞を用いた実験で、細胞内pH調節系と細胞内リン酸代謝が極めて密接に関連していることを見いだされた。これは、リン酸が示す新しい細胞内代謝制御機構と考えられるため、それが実際にどの様に機能しているかを現在検討中である。
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