繊毛打周期の変動の時間経過を解析するために、ムラサキイガイの鰓繊毛(largeabfrontal cilia)を用いて、数千回にわたる繊毛打の周期を逐次測定する方法を開発した。各繊毛打毎の周期変動には、フラクタル構造が認められ、この周期列の自己相関をとってフーリエ解析し、パワースペクトルを求めたところ、特定の周波数成分の存在を示すピークは検出されなかった。このことから、繊毛打の周期変動には明らかに不規則で予測不可能な「ゆらぎ」が存在することが示唆された。 生体が運動の安定性をコントロールする上で、ゆらぎとその修飾が重要な役割を果たしていると考え、その性質を解明し、より深く生体運動の仕組みを理解するために、外界からの入力で対する繊毛運動周期のゆらぎの変動を調べた。 プレパレーションを浸している外液を灌流し、人工海水から実験液に交換することで、神経伝達物質および、粘性負荷の繊毛打周期に対する効果を解析した。この結果、セロトニンによって周期の平均が短くなるだけでなく、最頻領域近傍のデータ点の減少と周期の頻度分布の最頻領域への集中が起こり、全体としてゆらぎが減少することがわかった。また、粘度を高くして繊毛に力学的負荷を加える条件でも、セロトニンの場合と同様のゆらぎの減少がみられ、この効果はある範囲の粘度で、粘度の上昇にともなって高まった。さらに、これらの効果は可逆的であり、外液を再び人工海水に戻すことで、繊毛打周期はもとのゆらぎを回復した。 このようなセロトニンや粘性負荷による繊毛運動のゆらぎに対する修飾は、二枚貝の鰓における、フィルターフィーディングの際の神経支配による繊毛打の安定化と外力負荷に応じた出力の調節を示唆している。
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