イニシャトリンは、C側で蛋白質を切断してアルギニン・ペプチドを生ずる、セリン・エンドペプチダーゼに属し、カイコガ前立腺から分泌される。精子の成熟、即ち、無核精子の運動能獲得と有核精子束の解離は、射精後、雌交尾嚢内に精漿で作られた精包で起こるが、この作用も同じくイニシャトリンによって惹起される。前立腺からの分泌状態を、その抗体を作成し、免疫組織学的に精査した。イニシャトリンは貯精嚢から遠い側の前立腺後部より前部へと生産領域が移動しつつ、羽化1日前より盛んに生産され、管腔に放出、蓄積される。この精子成熟因子イニシャトリンが、分泌器官である前立腺、及び活動の場である精包とから別々に精製単離された。交尾嚢由来のイニシャトリンは、分子量29と26kDaの免疫学的に反応する2種が得られたが、無核精子運動誘発能は弱い。前立腺イニシャトリンは、主な30kDaの他に、微量の29と26kDaのが検出された。単離された30kDaイニシャトリンは、強い無核精子運動誘発能を示した。前立腺由来3種のイニシャトリンのN末20のアミノ酸配列は全く同一で、このプロテアーゼの高い自己分解性と、その精子成熟のための生理作用の活性部位が、分子の中央部、或いはC末側にあることを強く示唆した。また、両型の精子を含む貯精嚢内容物とイニシャトリンのみの混合物を交尾嚢に注入し、受精卵を得る事に成功した。C側で蛋白質のアルギニン及びリジンを切断する牛膵臓トリプシンも、イニシャトリンのモデルとして使用すると、卵は受精する。かくて、貯精嚢と前立腺の2器官が、射精に関与する雄生殖器官各線の中で、最も重要な器官である事、及びイニシャトリンが受精卵生産に不可欠の因子である事が立証された。前立腺内にイニシャトリンと共に検出されるそのインヒビターの存在は、この激しい作用を有するプロテアーゼの、細胞内における暴走を抑えるものであろう。
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