本年度は平成7年度、平成8年度に行った片側尾葉切除個体の空気流刺激に対する逃避行動や巨大介在神経の反応の回復過程の調査をより詳細に行った。 1・行動実験:片側尾葉切除後、逃避行動の調査を毎日行った。その結果、反応率は切除後6日目に、方向性は14日目に統計的に有意な補償的回復を示すことが判明し、平成7年度に得られた結果より若干早くこれらの変化が起こっている事が明らかとなった。また前回の結果と同様に反応率と行動の方向性は異なる時間経過で回復していた。この事実は、逃避行動の発現とその方向決定が異なる神経回路によりコントロールされている可能性をより高くするものである。一方、成長過程を追跡した実験では、異なる幼虫期から片側尾葉を継続的に切除された個体では、より若齢期から片側尾葉を継続的に切除された個体のほうが低い反応率を示すことが判明した。しかしながら、逃避行動の方向性においては、反応率とは異なり、より若齢期から片側尾葉を継続的に切除された個体のほうが高い回復率を示すことが明らかとなった。このことはコオロギの神経系内の異なる部分において、補償的変化と退行的変化という全く正反対の変化が同時進行したことを表しているものと考えられる。 2・神経生理学実験:異なる幼虫期から片側尾葉切除を続けた個体において成虫脱皮後に巨大介在神経の反応特性の調査を行い、切除直後の成虫のデータと比較した。その結果、脱皮成長期間中にもそれら介在神経に機能変化が生じていることが判明した。特に1齢幼虫から尾葉切除を開始した場合、巨大介在神経の閾値流速は発生段階のより後期で切除を開始した場合に比べ低い値を示した。これは行動実験において確かめられた"より若齢期から片側尾葉を継続的に切除された個体のほうが低い反応率を示す"ことの神経基盤となっていると思われる。一方、特定の巨大介在神経においては、成虫脱皮後に軸索と同側の尾葉を切除をされた個体ではほとんど見られなかった空気流に対する反応が、幼虫期から尾葉切除をされた個体では出現してくることが研究の最終段階に至って明らかとなった。
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