哺乳類の海馬や大脳皮質でみいだされたシナプス伝達の長期増強(LTP)は、 “記憶" の要素的な過程と考えられている。本年度は、魚類嗅球(嗅覚神経系第1次中枢)のシナプスがLTPを示すかどうか調べた。また、もし、LTPを示すなら、その部位と条件を特定することを目的とした。材料として、本研究室の研究により嗅球の神経回路の基本パターンがよく分かっているコイを用いた。嗅索に、低頻度の電気刺激(テタヌス刺激)を与え、その後、僧帽細胞→顆粒細胞シナプスの伝達効率が変化するかどうかを調べた。伝達効率の指標として、顆粒細胞層で記録されるフィールド電位応答の大きさを用いた。その結果、テストしたすべての例で、テタヌス刺激直後に伝達効率が大きく増強した後、急速に減衰する相(短期増強、STP)が見られた。その後、増強した相が数時間以上続く場合(長期増強、LTP)と1時間以内に元のレベルに戻る場合があった。本研究の結果から、(1)魚類嗅球の僧帽細胞→顆粒細胞シナプスにおいて、はじめて、LTPが見いだされた。(2)LTPがおこるための条件(顆粒細胞が僧帽細胞樹状突起および遠心性繊維から興奮性入力を受けること)が特定された。また、(3)自然な匂い刺激により嗅覚記憶が形成される際に、僧帽細胞→顆粒細胞シナプスのLTPが関与している可能性が示唆された。
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