1.平成7年度に開発した体形と運動の相互適応のための進化シミュレーション手法の改良を行った。昨年度の身体モデルは胴体を一つの剛体としていたが、より実際の姿勢に近づけるために、骨盤と胸郭を分離した10節構造とした。また、これに伴い、筋と神経振動子を左右1つずつ増やして26筋群と18振動子系とした。さらに、昨年度のモデルでは上体の直立化やヒトの歩行に特徴的な二重膝作用の再現が困難であったが、様々な運動決定基準を仮定して歩行発生を行った結果、移動仕事率と筋疲労の両方を最小化することでより実際の歩行に近い運動が可能になった。なお、これらの改良に伴う計算量の増大は並列計算用のワークステーションの増設と淘汰方法の改善による進化の効率化で解決し、結果の視覚化は市販のアニメーションソフトを用いることで簡便化した。 2.モデルの妥当性を評価するために、実歩行との比較を行うとともに、上体に筋力が作用しない場合や初速度などの初期条件を変えてその影響を調べた。その結果、上体の筋は下肢に比較して小さな筋力しか発生しないが、その有無の影響は全身におよび、歩行速度の低下を招くことが分かった。また、初期条件の多少の変更に対してもほぼ同一の歩容に至ることを確認した。 3.本手法を応用し、様々な進化戦略を与えた結果の歩容を現生人類と比較することで、逆に人類進化の淘汰圧を推定した。生存の基本条件と考えられる食料獲得のための正の要因には移動速度、移動距離、身体サイズ(体重)が、負の要因にはエネルギ消費と身体損傷が考えられる。進化戦略をこれらの要因の重み付き和で表し、重みを変えることで様々な歩行進化を再現した結果、長距離歩行と大型化を淘汰圧にしたときに現生人類に近い歩容が得られることが分かった。これは従来の人類学的知見に一致するものであり、ヒトの起源探究に新たな方法論を提供できたものと考えられる。
|