直立2足歩行の様々な仮想進化戦略に応じ、体形と歩行運動を自律的に相互適応させることができる計算機シミュレーション手法を開発した。身体は頭胸部と骨盤部および左右の上肢、大腿、下腿、足部の合計10節に分割し、各関節には受動軟部組織に相当するトルクばねを付けた。各節の運動は基本的には矢状面内に拘束されるが、体幹節は垂直軸まわりに回旋できるものとした。また、筋骨格系は下肢と肩および腰部の左右合計26筋群でモデル化した。神経系は各関節の屈伸リズムを発生する18の振動子と、それらを相互に結合して筋への出力を発生する運動ニューロンからなる。この神経回路網には歩行の持続に必要な上位中枢からの定常入力と、力学系の運動情報としての関節角度、および弾性指示面と足との接触情報を与えた。自律的歩行は神経回路網の発振と身体多重振子系の振動との非線形相互引き込みによるリミットサイクルとして生成される。 神経パラメータの探索と体形の進化には遺伝的アルゴリズムを用いた。すわなち、身体特性を表す遺伝子から形質の異なる50個体を発生させ、実歩行の解析から妥当な運動決定基準と考えられる移動仕事率と筋疲労度が大きい歩行を行う個体を淘汰すると共に、筋負荷による筋断面積の修正や屈伸トルクに対応した関節可動域の修正を行い、これらの獲得形質の遺伝と突然変異によって新たな個体群を発生させた。本手法を用い、ヒトの祖型に近似するチンパンジーの身体特性を初期条件として世代交代を行った結果、ほぼ現代人体形の直立2足歩行に至ることが分かった。また、歩行速度の増大や骨格負荷の軽減などの様々な淘汰基準を用いて進化体形を比較した結果、現生人類への進化には長距離歩行と体形の大型化が関係している可能性が高いことが分かった。さらに、全身骨格が発見されたネアンデルタール人幼児の歩行復元など、様々な応用を試みた。
|