本研究は、16世紀末から17世紀中期にかけて、城下町の外港として計画的に成立した多くの港町に形成された均質性・開放性・連続性に彩られた都市空間こそ、中世都市を解体・純化・再編して城下町や三都を成立せしめ、近世経済社会が最終的な到達点として生み出した都市空間、すなわち市場経済の成立を通して近代経済社会への連続的な移行を可能とした都市空間を見なせることを、中近世移行期における港町の空間・社会構造の把握を通して、実証的に明らかにすることを目的としている。 平成7年度は、城下町の外港都市として成立した港町のうち、瀬戸内海沿岸に成立した松山藩の三津浜、宇和島藩の八幡浜、太平洋沿岸に成立した仙台藩の石巻、駿府藩の清水、水戸藩の那珂湊を取り上げ、既刊研究文献を収集した上で、現地調査によって未刊の文献史料・絵画史料・地図資料などの収集を試みた。得られた史資料に精粗はあったものの、研究計画に掲げた近世港町の都市構造上の特質、すなわち川や海と平行する道に沿って両側町を連続させ、町を挟んで反対側には寺町が配され、均質性・開放性・連続性という空間的特質を達成している点については、大筋において具体的に確認し得た。中世港町から近世港町への展開過程については、同一地域に隣接して立地した同一藩の二つの港町、柳川藩の小保・住吉、久留米藩の榎津・若津を取り上げて検討を試みた結果、川に向かう雑然とした格差のある町割から川と並行する整然とした均質な町割への展開が読み取れ、中近世移行期における港町全体の都市空間の展開について大きな示唆を得た。なお、柳川藩の小保・住吉、久留米藩の榎津・若津については、次年度に計画していた町家建築の遺構調査を実施し、近世期の都市空間構造を建築レベルにおいて把握した。
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