わが国の主要穀物であるイネの生理学上の特徴として、発芽時における嫌気耐性があげられる。イネ等のデンプン性種子においては、胚乳に蓄えられた貯蔵デンプンを分解し、ショ糖のかたちで胚組織に転流し、発芽の際のエネルギー源としている。このデンプンの分解に関与する酵素としては、α-アミラーゼ以外にも、β-アミラーゼ(β-amylase)、枝切り酵素(debranching enzyme)、マルターゼ(maltaseまたはα-glucosidase)等の関与が考えられ、それらの協調的な作用により、デンプンは効率良く分解される。本研究では、好気・嫌気発芽条件下において種子貯蔵デンプン分解機構に関する徹底的な解析を行った。 解析の結果、発芽時における各々の酵素の動態について以下のことが明らかとなった。 α-アミラーゼ:好気条件下において de novo 合成されるが、無酸素条件下においてはイネのみで発現する。 β-アミラーゼ:オオムギ・コムギではすでに乾燥種子において存在するが、イネではde novo合成される。 枝切り酵素ならびにマルターゼ:イネでは乾燥種子にすでに存在しているが、オオムギ・コムギではde novo合成される。また、無酵素条件下においては、イネのみで検出される。 発芽種子におけるデンプン分解という「普遍的」とも思われる現象であるが、イネ、コムギ、オオムギを比較すると、当初の予想と異なり、個々の酵素の発現様式に顕著な差異が見られることが明らかとなった。一般的に、コムギとオオムギでの発現様式に関しては、β-アミラーゼのプロセシング等に差異がみられた他は殆ど共通の機構で制御されていると予想ができた。しかし、イネのそれは、ムギ類と殆ど正反対の挙動を示していた。水性・陸生植物の違いもあり、嫌気条件下において、イネと麦類の発芽能力には大きな隔たりが観察できるが、デンプン分解酵素の発現という点でもその差異が例証されたことになる。
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