核ゲノムと細胞質ゲノムを組み合わせた核細胞質雑種では種々の表現型変異が見られる。核細胞質親和性・不親和性と呼ばれるこうした現象は、コムギとその近縁種で細胞質ゲノムの分化と核細胞質ゲノムの共進化を明らかにする良い研究材料となっている。4倍性コムギは、パンコムギにDゲノムを提供したタルホコムギの細胞質に対する親和性に基づき3群に分けられる。このうちチモフィービ系コムギ群の核ゲノムはタルホコムギの細胞質ゲノムと完全親和であり、一方エンマーコムギの多くは完全不親和で稔性と生育力を回復するために細胞質親由来の1D染色体を必要とする。チモフィービコムギ(Triticum timopheevi)の持つタルホコムギ細胞質親和性核遺伝子を反復戻し交配により導入した正倍数性のエンマーコムギ(Triticum durum)核細胞質雑種を育成し、これを材料として親和性核遺伝子に連鎖した分子マーカーの選抜を試み、200のプライマーから4つの連鎖RAPDマーカーを見出した。第8反復戻し交配世代を用いた解析により、これらのRAPDマーカーは親和性核遺伝子と強連鎖であることが明らかとなったが、この事実はT. durumに導入された親和性遺伝子を含むT. timopheevi染色体領域が組換えブロックとして機能していることを示唆した。16系統の野生エンマーコムギ(T. diccoccoides)、5系統の栽培エンマーコムギ(T. durum)、15系統の野生チモフィービコムギ(T. araraticum)、1系統の栽培チモフィービコムギ(T. timopheevi)と1系統のパンコムギ(T. aestivum)を用いて、これら倍数種における親和性核遺伝子連鎖マーカーの分布を調査した。RAPD-PCRとサザンハイブリダイゼーションによる解析結果から、連鎖マーカーはチモフィービ系コムギに特異的であることが判明した。以上の結果は、タイホコムギの細胞質ゲノムに親和性を付与するT. timopheevi由来の親和性核遺伝子を含む染色体領域がこの系でよく保存されていることを強く示唆した。
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