本研究の目的は、反応機構を異にする2つの合成酵素のX線結晶構造を基に、合成酵素がいかにATPを用いて基質を活性化しているかを明らかにすることにある。そこで、1)アスパラギン合成酵素のX線結晶構造解析を行い、同酵素の基質認識機構を原子レベルで解析するとともに、2)結晶構造を我々の手で解析したグルタチオン合成酵素と比較することにより、両酵素のATP認識機構の共通点と相違点を三次元構造に基づいて明らかにした。 まず、アスパラギン合成酵素のX線結晶構造を2.7Åで決定した。解析は、白金およびサマリウム誘導体結晶を用いた多重同型置換法を用いて行った。得られた、立体構造は、酵母由来のアルパラギン酸tRNA合成酵素の活性ドメインと非常によく似ていた。ところが、両酵素のアミノ酸配列(一次構造)は、ほとんど類似性がない。しかし、立体構造に基づいてアミノ酸配列を比較したところ、活性中心を構成しているアミノ酸残基だけが保存されていることが判明した。両酵素は、いずれもATPのαリン酸基を用いてアスパラギン酸のカルボキシル基を活性化するという共通の化学反応機構を有することから、これら酵素は、ある単純な化学反応を触媒する祖先タンパク質から基質特異性を獲得しつつ変異を繰り返して立体構造を維持しながら進化してきたと考えられる。次に、ATP結合部位について、グルタチオン合成酵素との比較を行ったところ、両酵素とも、ATP結合部位は逆平行βシート構造で構成されているという類似性があった。しかし、グルタチオン合成酵素では、ATPのγリン酸基を基質へと転移可能な位置に基質の結合部位があるのに対して、アスパラギン合成酵素では、ATPがαリン酸基の位置でくの字に曲がりαリン酸基へと基質が攻撃しやすいようになっているという違いが判明した。
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