本研究では、河川の急激な人為的改変に伴う水生動物への生態的・遺伝的影響を総合的に評価するためのモデル研究として、河川生態系において食物連鎖の最高位に位置し、また河川の環境変化に最も影響を受け易いと考えられる遡河回遊性魚類を調査対象にして、堰堤やダムの建設によって、その生活史特性や集団の遺伝子組成にその後どのような変化が生じるのかを明らかにすることを目的とした。具体的には、近年に河川の中-上流域に砂防堰堤が設置された河川を選定し、渓流性遊泳魚のアメマスおよび造巣産卵魚のイトヨを対象回遊性魚類として、各種の陸封性個体群の生活史形質、および遺伝的変異性と分化の程度を、近隣に位置する堰堤のない河川個体群と比較することによって、人為工作物建設に伴う生物的撹乱の度合を評価した。 その結果、錦多峰川では堰堤の設置に伴い、その上流部に河川で一生を送るイトヨの河川型集団が形成されていることが確認された。この上流部の河川型イトヨ集団は、下流域に生息する遡河回遊性の集団と比較して、遺伝的組成が異なるとともに、その生活史特性においても寿命の延長化、成熟体サイズの小型化、繁殖期の長期化、およびクラッチサイズの減少などの変化が認められた。こうした堰堤建設に伴う遡河回遊性魚類への生態的・遺伝的影響に関しては、アメマスでも認められ、礼文島の河川堰堤上部に形成された陸封集団は小型かつ幼形成塾を示し、また遺伝的変異性が乏しい状態にあることが検証された。 以上のように、本研究では河川に人為的工作物が建設されることに伴って、通し回遊性魚類に著しい遺伝的および生態的変化をもららすことが実証されたことから、今後こうした工作物を河川に設置しない方向で河川改修のあり方を再検討する必要がある。
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