マイワシとカタクチイワシの魚種交替が漁獲情報などで明瞭にとらえられている遠州灘沿岸海域を対象として、黒潮流路の離接岸変動にともなう生物環境の変化、ならびに成熟・産卵や種間の競合関係など生活史全体にわたる生物生態面の変化の両面から検討を加え、魚種交替の契機となる具体的なプロセスを明らかにしようとした。まず、1960年代以降の各種時系列情報(黒潮流路、水温、塩分、プランクトン湿重量、イワシ類の卵・仔魚採集数、シラス漁獲量、成魚・未成魚漁獲量ならびにその体長・肥満度・成熟度など)をもとに、マイワシ増大期(1970年代後半〜1980年代初め)と減少期(1980年代後半〜1990年代初め)の状況を比較し、マイワシ減少期にはマイワシ卵・仔魚の出現時期が1〜2カ月遅れ、逆に春季産卵群が回復傾向を示すカタクチイワシの仔魚との間に餌などをめぐる競合関係が強まっている可能性があることを明らかにした。一方、黒潮流路の離接岸変動や蛇行の程度によって、遠州灘沿岸海域の水温や流動場、さらには餌環境に大きな変化が認められることが分かった。遠州灘沿岸におけるマイワシの産卵量や産卵の時期は、黒潮流路の離接岸にともなう水温変化によって、またカタクチイワシの産卵は餌密度の指標となる透明度の変化によって大きく規定されており、それがマイワシは蛇行型、カタクチイワシは非蛇行型の黒潮流路パターンに対応して増大する傾向があることの原因となっていることを明らかにした。 さらに、黒潮フロント渦付近での集中的な観測結果から、フロント渦にともなう栄養塩の湧昇による新生産が遠州灘沿岸海域の餌生物の生産を促し、渦による子魚の輸送・集積と相まって春季のイワシ類の再生産に重要な役割を果している可能性があることを指摘した。
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